花嵐 突如土佐の元親の屋敷に現れたるは、風の風来坊前田慶次。 「よっ、久しぶり元親!お土産持って来たよー!」 「また来やがったな前田!てめえいったい何の用だ!?」 「別に政宗には関係ないし。つーか俺が会いたいのは元親なんだけど。あっ、元親ー!こっちこっち!」 「おっ慶次じゃねえか!久しぶりだなあ。元気にしてたか?」 政宗のけん制も空しく、外の声を聞きつけて部屋から出てきた元親が気さくに片手を上げる。それに慶次も軽く片手で返し、巨躯の割には控えめな小走りで元親の傍らに近寄ると「じゃーん!」と風呂敷に包んだ桐箱の蓋を開けた。 中から現れたのは、蓮華に牡丹、桜にすみれと咲き乱れる花の嵐。京のねり菓子はどれも本格的な作り、見目も鮮やかならば味も良いと来ている。元来派手好き、甘味好きの元親は、感嘆の声を上げ目を輝かせた。今にも涎を垂らしそうな顔を慶次が満足げに見守り、うっそりと止めの一言を放つ。 「これ、京一番の老舗のねり菓子なんだ。元親が喜ぶと思って朝から並んで買ってきたんだよ?」 流石は前田の風来坊、四季を問わず年中春めいた戯言を垂れ流しているだけはあり、その口説き文句は堂に入っている。流した目線、緩く持ち上がる口角、元親の腰に回された指先、等々。しかしそれらの持つ意味に気付く元親ではなく、満面の笑みで受け取った桐箱を慶次に突き出し、これ食っていいか?と訊ねた。 思惑が外れたことに肩を落としつつも、想い人の願いなら叶えぬ訳にも行くまい。笑顔で頷く慶次に、元親は早速縁側へと腰掛けると、手掴みでむしゃむしゃむしゃ。次々と見目麗しい菓子を口に放り込み、胃袋の底へと投げ落とす元親に、流石の慶次も驚くばかり。 「あの…元親…?」 一瞬にして消えた高価な菓子に顔を青醒めようが、元親が笑って「旨かった、ごっそさん!」と呟くのならば流石の慶次も笑わぬ訳には行かず。顔を引きつらせる色男を嘲笑い、続いて現れた政宗が元親の腰を抱く。 「Hey、チカ。唇の端に餡子ついてんぜ?」 これぞ伊達男、花も恥らう男ぶりと色気を振り撒き、自慢の低音を響かすも元親には矢張り通じず。「おっ、本当だ」六爪を操る指が届く前、自らの手で拭い取る。 唇を噛む政宗を今度は慶次が鼻で笑い、懐から花簪を取り出し元親の銀糸に刺し入れた。 「これもお土産。やっぱり元親には簪が似合うよ。すごく綺麗だ」 これには政宗の方が先に反応し、呵呵と大口を開けて舌を出す。「生憎だったな、チカは姫扱いされんのが一番嫌いなんだよ」。しかしこれは如何したことか元親、髪に咲いた絹の牡丹を手に取ると、頬を染め恥ずかしげに俯いた。「世辞は止せやい」、「お世辞の訳ないだろ、本当に元親に似合ってる」。 突如始まる二人の世界に、置いてけぼりを喰わされた政宗は、ただぽつねんと腰掛けて驚きに口を開けるばかり。そんな元親、普段のお前は一体何処へ。ぎりぎりと歯軋り、仲良く会話する二人の間に身体を割りいれたくとも、悔しさの余り動かぬ身体に苛立ちは募る。情人を置いて他の男と睦まじくなど、人のあるべき所業に御座らぬか。 「……政宗」だがそこは元親、政宗の異変に気付かぬ男ではない。政宗を振り向き、艶やかな直毛に手を置き撫で撫で撫で。呆気にとられる政宗に慶次、しかしそれでも動きを止める元親ではなく、四つの見開かれた目も気にすることなく撫で続ける。撫で撫で撫で撫で。ようやく正気を取り戻した政宗が、未だ己の頭を撫で続ける男に当然の疑問を呟いた。 「おいチカ、いきなりどうしたんだよ?」 すると元親、普段と何も変わらぬ顔で、「何となく」。これには政宗も返答のしようがなく、口をへの字に曲げて黙り込んだ。 嗚呼この情人、時折政宗も分からぬことをしだすのには困ってしまう。それでも確かに心に満ちて来たるは、身体の芯から温まるような和やかな気持ち。何やら臓腑もきゅっと締め付けられ、政宗、ついに元親に抱きついた。「チカ、俺やっぱアンタが好きだわ」吐息と共に呟かれた言葉は、元親の耳に運ばれ、ついこの男も人前だと云うのに「……俺も」などと声をこぼす。 周囲を憚らぬ二人の様子に、さすがの前田慶次も閉口し、踵を返すとお暇御免とばかりに屋敷を後にした。 (人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえってね) 肩に乗った夢吉が、慰めようとかキィッと一声高く鳴いた。 (08/0927)
涼夜さんにフリリクで頂いた「ダテチカ←慶次、チカが鈍い」でした! 何だか遊びすぎた感が否めませんが、書いていて楽しかったです。 リクエストありがとうございましたー!! |