フラストレーション過剰 普段ならこんなこと在るはずがねえ。なぜなら俺は健康な十代の男子学生だったし、性欲だってしっかり持ってるからだ。俺は女のあの柔らかな肌が好きだし、細い身体が好きだ。なあ、だからそろそろ反応し始めてもいい頃だぜ、俺。だがそう心の中で呼びかけてみても、俺の中心はまるで疲れ切った中年親父のようにズボンの中でくたびれている。まるでピクリとも反応しやがらねえ。 我ながら情けなくてしょうがなかった。マジで最近こんなにヘコんだのは久しぶりだってくらい、気分はどん底だ。だって見ろよ、目の前の画面は女の裸で埋まってて、あろうことか気持ち良さそうに喘いでんだぜ?女の顔だって悪かねえし、胸だってそれなりにある。それに何よりあの細い腰、掴んだらピッタリ肌に吸い付きそうな極上の括れ、あれが目の前で振られているのに全く反応しねえってのは男としておかしいだろ。それが幾らアダルトビデオの安っぽい映像だっつってもだ。 だが猿飛が自信を持って俺に渡した、やつ秘蔵の厳選コレクションさえ俺の意識をある想像から引き離すことができなかった。 まるで一枚の絵画のようにピッタリと頭に嵌まって存在を主張する想像。繋がれた手。必要以上に近い二つの影。声を落とし、秘密を囁き合う恋人たち。…ああ畜生、何だか分からねえが兎に角ムカつく。 思わず蹴飛ばしたテーブルが不安定にガタガタ揺れる。その耳障りな音は、部屋に響く女の声と混ざり合って俺を余計苛立たせた。 チカに彼女ができたらしい、という噂を聞いたのは、今日の放課後猿飛からビデオを受け取った時のことだった。 『政宗、本当だと思う?』 『Ha!有り得ねえな。本当に彼女が出来たんなら、チカが俺に話さねえ訳ないだろ』 俺は初め奴の言葉を信じる気なんざこれっぽっちもなかった。だってそうだろ、チカが俺に隠し事?そんなのは、いきなりチカが英語で満点を取って俺を抜くくらい有り得ねえぜ。 俺とチカは仲がいい。それは周りの奴らも知ってることだったし、何より俺たち自身が良く分かっていた。別に俺たち仲良いよな、なんてこっぱずかしい事を実際に聞いた訳じゃねえが、そう云うのって自然と分かるもんじゃねえか。例えば、一緒に居る時の相手の雰囲気とか、ちょっとしたやり取りとか、兎に角そういう事でだ。この高校生活の中でチカと紡いできた関係は確かなものだったし、だからこそチカが俺に秘密を作るなんざ信じられなかった。俺はチカに秘密がない。チカも俺に秘密がない。そんな関係ってのは中々手に入るもんじゃねえぜ。 だが次に猿が発した言葉によって、俺の自信は脆くも切り崩されることになる。 『チカちゃんが政宗に話してないなら、やっぱりデマなのかねえ。でも実際に腕組んで歩いてるところ見たって奴も居るみたいだけど』 …マジかよ。ありありと目の前に浮かぶ、女と腕を組むチカの様子に眩暈がした。チカと彼女が一緒に歩いてるところを見た?しかも腕を組んで?普通友達とは腕組まねえよな。―――確定じゃねえか。一切の言葉が吹っ飛んじまって黙り込む俺に、何も気付かない猿がいつも通りの調子で声を掛ける。 『まあ政宗ならどうせその内チカちゃんと会うでしょ?その時にでも訊いといてよ』 そう簡単に言うがな、もし本当に聞いてチカに彼女が居たらどうすんだよ。そこで俺は自分の思考回路のおかしさに気付く。いや、別にチカに彼女ができたっていいじゃねえか。俺は友人として喜んでやりゃいいだけだ。それでいい筈なのに、何かすっきりしねえ。 悶々と一人頭を高速回転させる俺に猿は不思議そうな一瞥をくれると、何かを悟ったのかポンと俺の肩を叩いた。 『まあ頑張ってね。俺様応援してるから』 『馴れ馴れしく触んじゃねえよ。つーか、テメエ何が言いたい』 いやいや、俺そこまで野暮じゃないしね〜。腑抜けた面の猿は、一人勝手に納得した様子で教室を出て行った。一人取り残された俺は白いシャツが消えた扉に舌打ちをした。マジで何が言いてえんだ、あいつ。 彼女ができるのはいい。チカは良い男だし、きっと彼女とも上手くいくはずだ。 いつの間にかビデオは終盤に差し掛かっていた。女の声がうるさくて仕方ねえ。 …いや、もうそんな事はどうでもいい。ビデオなんてあんなチャチなもん普段から大して見ねえし、今は女よりチカの方が気になる。そう、チカに彼女ができるのは別に構わねえ。俺だって大賛成、手ぇ叩いて祝福してやりたいくらいだぜ。 だがそう思いながらも、何故か胸がムカついてしょうがなかった。脳裏に肩を並べる恋人たちの様子が浮かぶ。ガタイのいいチカの隣に立つ女は、まるで元からそこにあるべき存在だったかのように何の違和感もない。当たり前だ、男と女、並んで何もおかしいことはねえ。 それでも、女が現れるまでチカの隣に並ぶのは俺だったはずだ。手を伸ばしたらすぐ触れられる距離、チカの髪が風になびいて輝くのを一番近くで見られる場所。俺が掴み取った特権。 正直、何となくだがこの苛立ちの正体には気付いていた。たぶんこれは嫉妬だ。これまで当たり前に思っていたものが、いま目の前で他人に渡されようとしている焦燥感。喉がひりつくような感じ。まさかダチに彼女ができるのがこんなに辛いとは思わなかった。それとも、これは相手がチカだからなのか? 画面の女が声を上げて、ベッドの上に身体を投げ出した。その瞼を閉じた顔が少しだけチカに似ているような気がして動揺する。…馬鹿か、俺は。 全てが馬鹿らしくなった俺はテレビを消し、ベッドに横になった。今日はもう寝て明日全部考えりゃいい。チカのことも、噂のことも、この俺の感情も。 瞼を閉じる。この夜はそのまま眠りについた。 最初、俺はそれがビデオの女のように見えた。なんでって、俺の下に横たわる身体は透けるような肌を持ってたし、首筋から腰までのラインについ目が行く背中の曲線は、やらしくって女みてえに綺麗だったからだ。相手は裸。腰だけ突き出して上半身はベッドの上に突っ伏している。その格好は今日見たビデオの内容そのまんまで、これが本当に女だったら後ろから突き入れてたかもしれねえ。だが残念なことに、目の前の身体は紛れもない男のものだった。随分いい身体をしちゃいるが、全身を覆う発達した筋肉は隠しようがねえ。 夢の中だと分かっていても妙にがっかりした俺は、シーツに頬を擦り付けている男の髪の毛を引っ掴んだ。野郎に気を遣ってやる必要はどこにもねえしな。そのまま無理やり後ろに引いて、俺はその男の顔を覗き込んだ。 畜生、こんなことがあって溜まるか。俺はすぐ様さっきの自分の行動を後悔した。蒼い瞳は、毎日俺が除きこんでいるものだ。薄く開いた唇は、毎日俺の名前を呼ぶものだ。 チカの目は、俺が今まで見たこともねえくらい潤んでいて、今にも涙を零しそうに濡れていた。頬を赤くさせて、口なんかも半開きにさせて、まるで何かを求めてるように浅い呼吸を繰り返している。初めて見るチカの顔に、俺の胸はどうしようもなく締め付けられた。呼吸が苦しくなっていく。チカ、そんな顔すんじゃねえ。気付いちまうだろ。分かっちまうだろ。 意味も分からずそう口走りそうになる自分に驚く。俺は何言ってんだ?相手はチカだぜ?だが全ての動揺も、チカが切なげに目元を細めただけで全て収まっちまう。その普段のチカにはねえ色気にただ唾を飲み込むしか出来なくなる。口ん中がどんどん乾いていく。 『政宗。もうヤんねえのか』 止めろよチカ。心臓が痛えんだ、バクバクいってイカれちまいそうなんだ。それでもチカは俺の懇願にも耳を貸さず、言葉を紡いでいく。真っ赤な唇が、毒々しい舌が俺を惑わせていく。 『俺、お前のヤってる最中の顔が好きなんだけどよ。もうしてくんねえの?』 そう言ってふざけるように唇を寄せてきたチカに、俺はもう無我夢中で口付けるしかなかった。するりと口の隙間から入ってきた舌が俺のものに絡みついてくる。俺はそれだけですげえ嬉しくなって、頭ん中がぐちゃぐちゃになって、馬鹿みてえに興奮した。女なんかよりずっとそそるチカの声が俺の熱を育てて、もう俺はチカの事しか考えられなくなる。好きだ、チカ。ずっとずっとアンタが好きだった。アンタをめちゃくちゃにしたい。手を繋いでキスをしたい。そして、他の誰のものにもしたくない。 自分の気持ちに気付いちまったら、もう駄目だった。俺は何とかチカの唇から自分の舌を引き抜くと、尻を割り開きそのまま一気に俺自身を捩じ込む。チカが一声高く啼いて、俺をギュッと締め付けた。ああ、たまんねえ。もっとアンタの声聞かせてくれよ。 そのままがんがん腰を打ち込むと、チカがあっあっ、って短く悲鳴を上げながらまるで強請るように尻を突き出す。それがエロくて煽られた俺は舌なめずりをし、最奥を抉るように腰を突き入れた。尻に腰がぶつかるほどの激しい抜き差しをして、まだ触れてなかった乳首を摘み上げる。引っ張っては捏ね潰し、爪先で掻いてやるとチカの全身が震えて前から先走りをしたたらせた。滲み出る雫を指先で掬い取り、全体に隈なく塗りつける。濡れた音が前後から響いてベッドの上の空気を変えていく。 余裕だとか、テクニックだとかそんなもん全て投げ出すしかなかった。俺はもうチカを揺さぶることしか考えられねえ。チカが気持ちよくなって、俺も気持ちよくなって、二人で死にそうになってそれから一緒に果てたい。 二人分の荒い呼吸を混ぜ合わせながら、一度抜け落ちるギリギリまで俺自身を引き抜いた。そして高く据え直した腰を抉るようにして一気に突き刺す。押し出されたチカの声を覆い隠すように、そのまま熱くうねる内部を滅茶苦茶に掻き回した。チカの喉奥から悲鳴みてえな喘ぎが聞こえても、限界が近い俺は歯を食いしばって前後に腰を打ち付けるしかなかった。額から滑り落ちてきた汗が瞼を伝い、睫毛を重く濡らす。俺はそれを拭うこともできねえ。目が潤む。呼吸が苦しい。 チカ、と思わず名前を呼んだ気がした。それも分からねえくらい背骨を走る痺れに打たれた俺は、腰を痙攣させてチカの内部に欲の塊を注ぎ込む。同じタイミングで昇り詰めたチカも、中を満たされていく感覚に小刻みに腰を揺らしている。チカ。今度は確かにその名前を呼び、まだ呼吸が整っていないのにも構わず唾液まみれの唇を塞いだ。たぶん、これが俺の今までの人生で一番幸せな瞬間だと思った。 「……有り得ねえ」 目覚めての第一声がそれだった。何となく原因は分かっちゃいるが、俺はそれを信じたくない。だってマジで有り得ねえよ、なんだこの下着の張り付く気持ちの悪ぃ感覚は。恐る恐る布団を捲り上げて、下肢を確認する。やっぱり濡れてやがる。畜生、この年で夢精なんてありかよ…。 カッと頬に熱が上がった俺は、再び布団の上につっぷした。当たり前だがベッドの中にチカの姿はない。それでも確かに俺の身体には夢の中でチカを抱いた感触や、肌の温もりが残っていて、胸に沁み込むような切ない気持ちが溢れてくる。 どうやら、俺は本気でチカに惚れているらしい。チカの夢を見て、年甲斐もなく夢精しちまうくらいには。 まだ熱い頬をシーツに擦りつけ、俺はこれからの事について考える。俺は今から着替えて、下着も履き替えて、また学校に行かなくちゃならない。そして、チカに会って噂の真相を聞かなけりゃならない。 やらなきゃならねえ事はたくさんある。だから動け、動けよ俺の身体。だが俺の身体は持ち主の意向に反して、死んだようにピクリとも動かなかった。どうやら俺の頭は夢精のショックと、親友に惚れちまったショックで運転停止中らしい。 (08/1111)
しかも噂は嘘だったというオチです
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