君死にたまふことなかれ


パチン、

「貴様も分からぬ男よ」

花鋏が茎を切り落とした。元就の手によって剣山へと生けられた花が、再び水盆の上でみずみずしく咲き誇り、新たな命を得る。

「いきなり何の話だ」

一人に庭を眺めていた元親が、首だけ元就の方へ向けた。少し眠たいのか、瞼が半分ほど閉じかけている。元就は続いて二本目の花を取った。パチン。敷き布の上に茎の根が落ちる。

「そのままの意味よ。これまで強者に頭を垂れるのを厭うておった割りには、此度の豊臣からの降伏勧告には素直に応じたではないか。何故戦いもせず、豊臣の下に降った?」
「俺と同じ事をした奴が何ほざいてやがる。今の豊臣と戦うには分が悪すぎる。ただそれだけだ」

……パチン。元就は平然とそう言い放つ元親の顔をちらりと横目で伺い、再び何事もなかったかのように手元に視線を戻した。花弁の端に妙な影を感じ、微かに眉を寄せる。この様な得体の知れないものには手を触れずにおくのが限る。そう理解していても侭ならず、口も、指も、止まる事を知らなかった。

「どうせ兵を無駄死させたくないなどと甘い事を考えたのだろう。だが今回ばかりは貴様を褒めてやる。その考えは正しい。…矜持など、時として不要だとは思わぬか、長曾我部」
「……どうだかな」
「今や日の本ほぼ全てを手中に抑えた豊臣と意地の為に戦って何の得がある。抵抗すればするほど、敗北後の条件はより悪いものとなろう。早めに手を打っておく方が賢いというものだ」
「確かに、そうなのかもしれねえ」

パチン、

「だがな毛利、俺は此れから政宗の元に行く。行って、あいつと共に豊臣と最後の一戦を交えてくる」

バチン。
切り損ねた茎が無様に薄皮で繋がり、ぶら下がった。

「貴様、死にに行く気か」
「死にはしねえさ。負け戦だと分かって行くほど、俺は物好きじゃねえよ」

しかし、元親が何と言葉を重ねようが結果は余りにも歴然としている。百万に一の戦い。幾ら武名で鳴らした西海の鬼と言えども、戦況を覆すのは難しいだろう。
状況の困難さを理解しながら、それでも行くと言うのか。元就は右手の花を握り締めた。中ほどから折れ、いびつに歪んだ茎の先が、はらはらと花弁をこぼす。

「貴様とて一度は豊臣に従った身ぞ。それを自らの我が侭のために、折角息を長らえた土佐を滅ぼそうと云うのか」
「此れはあくまで俺の意思だ。家督は既に親貞に譲った。俺はただの一介の武将に戻り、奥州へ行く」
「どうせ伊達が貴様に着いて来て欲しいなどと、馬鹿げた頼み事をしたのだろう!いいか長曾我部、奴は既に敗軍の将ぞ、それを…」
「違えよ、あいつは俺に何も言わねえ。送った文に返事も返しゃしねえのに、頼み事なんて出来るはずねえだろ」
「ならば何故」

花を投げ付けてやりたい衝動を必死に堪え、泰然とした様子の元親に尋ねる。幾ら家督を譲ったとは云え、心残りはあろう。兄弟が居る、自分を慕う家臣たちが居る。それでも、この男はただ一人北の地にて抵抗を続ける男の元に向かうと言うのか。
しばらくの間元親は硬く目を瞑り、やがて深い声を響かせてこう言った。

「竜はな、天を昇る生き物なんだぜ。地を這っちゃ生きられねえのさ。身体がそう…魂がそう生まれ付いちまってるのよ。豊臣に限らねえ、誰かの下で膝を折っちまったら、自分が自分自身じゃなくなるってことをあいつは本能で分かってるんだ。俺も、そのことを知ってる」

だから、俺はあいつがあいつで居られるよう、もう一度槍を取る。
そう言い切る元親に、何の言葉を投げかけてやる事が出来ただろう。揺らぐ事を知らない眼が、その血の最後の一滴が流れ落ちるまで戦い抜くことを決意しているのだ。今の元就にはただ有り触れた言葉を掛けてやることしか出来ない。

「長曾我部」
「何だよ」
「……生き抜けよ」
「おう。政宗と二人でな」

笑った元親の顔が見ていられず、元就はそっと眼を伏せた。
足元に散らばった花弁が、畳の上に淡い影を落としている。



(08/0925)



バサラの政宗は絶対に誰の下にも膝をつかないよなぁ、と考えていたらこうなりました。
唯一つくとしたらチカちゃんの下だけだったらいいなー。