「ひ、あっああっ……!」

精を撒き散らしながら、背筋をしならせ、更に開ききった唇から唾液を零して自らの感じている度合いを示す元親に褒美だとでも言わんばかりに、男が後孔へと三本目の指を突き入れる。毒の影響で潤んだ身体はそれすらも難なく受け入れ、更なる快楽を搾り出そうと無意識の内に男の指を絞り上げてその隙間を埋めた。

「これでもう何度目だ?後ろだけで出せるくせに、これで男が初めてなんざ信じられねえな」
「…くっ、ああ、あ、っ……はっ、…」

締まった足が踏みしめる床の周囲には、大量の白濁が沁みこんで板を黒く染めている。
何度も立て続けに達したために、月明かりに映える白い胸板を大きく上下させることくらいが元親には精一杯で、男の揶揄するような言葉にも反論を返すことが出来なかった。
男は頑丈な肉体を持つ元親を抱くことに抵抗がないようだった。むしろ何処か楽しんでいる風であり、初めは暴れて手が付けられなかった元親も徐々に男の与える刺激に慣らされていき、今や理性は残るものも、それが消え去るのも時間の問題となっている。
それまで執拗に後孔を解していた男が、今度は空いた片手で触ってもいないに関わらず固く尖っている赤い飾りを摘み上げた。

「ああうっ!はっ、痛えっ、ああっ止めっ…、あ、あ…」

充血し切って痛みさえ訴えるそこを男はぎりぎりと容赦なく捻り、過ぎた刺激に腹をくねらせる元親を見て嗜虐の笑みを唇に引く。

「乳首いじられんのがそんなに良いか?男はこんなとこじゃ悦がんねえぜ、普通。いやらしい身体してやがる」

それを確かめるかのように、抜け落ちる寸前まで指を引き抜くと一気に蠢く内部へと突き入れた。楔を離すまいと絡み付いていた肉が再び押し戻され、その拍子に神経の集中するしこりを削られる。身体の内と外からの刺激に、元親はなす術も無くただ悶え、首筋を弓なりに反らせるしかなかった。

「あああっ……!っ…はっ、…く、そっ…止めっ…ああっ、ん」
「止めて困るのはアンタの方だろ?」

男の吐いた言葉通りだった。それまで知らなかった類の刺激に初めは違和感のあった身体も、今では神経がどんどん鋭くなっていくばかりで最早止まるところを知らない。それどころか、新たな快楽を得る度に元親の身体は瞬く間にそれを吸収し、順応して更なる刺激を求め出すのだ。
何度達しても抜け切らない毒に元親は恐怖さえ覚えていた。だが最も恐ろしいのは、その荒波の中で自分自身が失われることだ。自分の頭領という立場も、今もまだ戦い続けているはずの鬼達のことも忘れて快楽に耽ることが何よりも恐ろしい。

「頼むっ……!俺はこんなことしてる場合じゃねえんだ。だからっ…あぅっ!」
「"だから"?…続きはどうした?」

陰茎をきつく掴んだ手が、意地悪く達することができないように根元を締め、残った親指で先端の割れ目をぐりぐりと掘るように爪を立てる。目の前で白い光が何度も弾け、その先の懇願の言葉など続かなくなる。

「ひ、ぃっ、あっ、あっ……!」
「ほら、さっさと続きを言いな」

限界まで見開いた目の縁からじわりと涙が湧き出し、次々と顔の上に零れ落ちた。顔中を涙と唾液で汚す元親の放心し切った様子を目に焼き付けるように見据えながら、男は更に奥へと爪を捩じ込んだ。

「ああぁっ、うっ、ああっ、痛っ、うううっ……!」
「その割には随分良いようじゃねえか。アンタがこっちからもだらしなく涎垂らすもんで、見ろよ、俺の手まで汚れちまった」

男はそう呟くと荒々しくまだ中に入れたままだった指を引き抜き、膝の裏に手を差し込んで腰が浮くほど身体を折り曲げさせた。大きく開脚された足の隙間からは、男の言う通り元親の先走りで濡れた男の手が、その指先が上下する度に悦んで粘性の雫を零す自らの逸物が、逃れようとしても視界の中に入ってくる。余りにも近い距離で繰り広げられる生々しい光景に目を逸らしたかった。だが、男がそれを許そうとしない。

「良く見えんだろ?」

目に映る映像に、頭が沸騰しそうだった。

「嫌だあっ!嫌だっ止めっ、…ああっ、く、ぁあっ、ん…」

容赦なく男が陰茎を扱き上げるため、元親の悲鳴が途中で甘いものへと変わる。その激しい勢いに、半ば昇り詰め掛けている自身の先端から切れぎれの飛沫が飛び、元親の胸に透明な斑点を作った。
覆い被さる男の嗤った顔、震える先端から溢れ出す先走りのぬめった光、体内で渦を巻く毒、それら全てが元親の快感に繋がり、理性を征服していく。
顔が歪み、足の間で熱が爆ぜ、長く堪えていたため勢いのついた白濁が元親の顔にまで飛んだ。その瞬間、男は元親の足を抱え直すと達したばかりで弛緩している後孔へと自らの楔を突き立てた。

「あああっ―――!ああっ、…っ…」

尾てい骨から背筋を駆け上った衝撃に跳ねるようにして内部が締まり、男が小さくうめき身震いをする。体内に深く入り込んだ剛直が感じる場所に当たり、初めてだというのに痛みどころか絶え間ない官能を呼び起こし、元親は引き攣れたように爪先を仰け反らせた。だが、その震えが止む前に律動を開始され、再び肉襞を割るように身を沈められて身体をしならせる。

「あっ…ああぁっ、んっ…、ああっ……!」
「随分良い顔するじゃねえか。自分ので顔を汚して、男に喘がされるってのはどんな気分だ?」

じっと舐めるような視線を感じて、元親は咄嗟に顔を腕で覆った。
それが羞恥からか、せめてもの意地によるものか元親自身も分からない。しかし男はそれを許さず、元親の顔から腕を剥ぎ取ると罰するかのように楔を穿つ速度を速めた。腰を回すこねる様な攻めに元親の顔が大きく歪み、その欲に塗れた顔が男の苛烈な視線の下に晒される。

「ひっ、ああっ、あああ、んんっ…ぁあっ…」
「隠すんじゃねえよ。アンタが俺のでよがってる表情、もっと見せてみろ」
「っ…あ、ああっ、こん、な、ぁうっ……」
「…何だまだ嫌がってんのか?いい加減諦めな、アンタだって良さそうに喘いでるじゃねえか」

元親の言葉を快楽で遮ろうと、男は前立腺を抉るように抜き差しを繰り返した。動きに合わせてよじれる元親の腹や、捲くれ返る元親の赤い粘膜に舌なめずりをする。
男は誘われるように更に内部奥深くへと押し入り、抽送を深いものに切り替えた。

「あ、ぅっ!っ…あぁ、あっ……」
「これでもまだ文句あんのかよ?」
「…っ、こっ、な…違ェ…。俺じゃねえ……。こん、なのは俺じゃ、ねえ……!」

突き上げられ、息を途切れさせながらも元親は言葉を紡ぎ、それまでの快楽によるものとは違う涙を零した。
元親は鬼の頭を務めるほどの身だ。これまで敵から刃を浴びせられ、敗北の苦渋を舐めたことはあっても、誰か個人にここまでいい様に弄ばれたことはなかった。
それにもし、自分がこの男から逃れられないせいで手下たちが竜の白刃に切り伏せられるようなことになれば自分はどうすればいい。毒の影響など理由にならない、後悔しようが、血の涙を流そうが失われた命は帰らないのだ。
頭を失った軍隊が如何に崩れやすいものか元親はよく熟知していた。最悪の光景が目の前に広がり、頬を止め処なく涙が伝う。
男は小さく舌打ちをすると、元親の太腿を抱えた。更にそれを自らの肩に担ぎ上げ、震える身体に楔を穿ち直す。的確に元親の良い部分を擦り上げ、男根に打ち据えられた身体が濡れた声を上げるが、それでも男の苦々しい表情は変わらなかった。

「あっ……ああ、あ、ああっ、ん」
「泣くんじゃねえよ。…畜生、まさかアンタが泣くとは思わなかったぜ」
「はっ…あっ……てめえ何言って…」

それまで元親の態度など省みず、自らのしたいように振舞っていた男の言葉とはとても思えない。しかし驚きに目を見張る元親に、男は更に驚愕させることを言って見せた。

「安心しな、アンタはアンタだ。俺に抱かれてるアンタも、戦場で武器を振るってるアンタも何も変わりゃしねえ。鬼の総大将、元親さ。それにアンタの手下も無事だ」
「なっ、で…その事を……あ、あ!」

思わず男の言葉に身を起こそうとした元親だったが、狙ったように男の熱が中を掻き回し、再び床に倒れ込む。
疑問も何もかも快楽にさらうように太い竿が最奥まで突き刺さり、荒々しい抽出を繰り返して元親を無理やり限界まで引き連れていく。
腰がしなり、頭が白く染まり落ちる。

「あっ、あっ、も、ああああっ!」

前後に揺さぶられ、深く身体を穿たれながら元親はついに身体を震わせて達した。男もそれを追うようにして、熱い粘膜に自らの奔流を注ぎ込む。
ぼやけた視界の中で見上げた男はその喉仏をさらし、緩く眉を寄せて放出の快楽に酔っていた。だが、その表情にどこか翳りがあるように見えたのは気のせいか。

(まさか…有り得ねえだろ……)

頬に触れる涙の後を辿る指先も、きっと気のせいに違いない。
そこで元親の意識は闇に溶け込み、途切れた。


**


目を開けば、朝方の白味始めた闇の中で紫煙がたゆたっていた。

「起きたか」
「……ああ」

痛む腰を庇うようにして起き上がると、身体に掛けられていた黒の羽織が滑り落ちた。未だ寝ぼけた頭でこれが誰の物か思案する元親の目の前に腕が伸び、羽織を返すよう促す。

「起きたんならそれ返してくれねえか。アンタの上等な着物と違って、俺のはただの薄っぺらい着流しなんだ。さすがに朝方にこの格好じゃ凍えちまう」
「そうか、これあんたのだったな。悪ぃことした」

差し出された羽織を男が受け取り、肩に掛けるとその黒は驚くほどよく男に馴染んだ。
片膝を立て、壁に寄りかかって煙管に口をつけようとした男が不意に肩口に顔を寄せて鼻を鳴らす。

「……アンタの匂いがする」

その引き上げられた口角は昨晩見たものと酷似していた。
昨夜の記憶が一気に蘇り、元親は咄嗟に起き上がろうとしたが、不協和音にも似た音が身体中で鳴り、動きを止める。

「ぐっ…身体中が痛ぇ」
「そりゃそうだ。あんだけ色んな格好取りゃあ痛くもなる」
「誰のせいだと思ってやがる」
「勝手に一人で盛ってたアンタのせいだろ。まあ俺のせいじゃねえことだけは確かだな」

身体さえ自由になればその減らず口を黙らせてやるものを、と臍を噛む元親を男は楽しげに見やり、煙管を咥え直して旨そうに煙を吸う。
狭い窓枠から差し込むまだ地平線の下にある太陽の光、その僅かな光源の下で見る男の顔は、昨日初めて出会った時と何ら変わらないように思えた。最後に見た翳りなど、その横顔のどこにも見えない。

(…調子が狂うぜ)

一人気にかけていた自分が馬鹿のようだ。元親は頭を一振りし、雑念を追い払う。
ようやく毒が抜け出たらしい身体は、元親に充分な思考をする余地を与えていた。昨晩男が呟いた言葉が不意に思い出される。……男は自分の名前を知っていた。それどころか、その種族や地位までも知っていたのだ。ならば考えられる理由は一つしかない。

「あんた、もしかして竜か」
「そうだと言ったら?」
「別に何もしやしねえ。ただ何でてめえが俺の手下たちの安否を知ってるかってことが知りてえだけだ。本当にあいつらは無事なのか」
「そのはずだぜ。アンタが消えちまったもんで、鬼の奴らは竜の城を攻める途中でそのまま引き上げたと聞いてる」

男の言葉に元親は胸を撫で下ろす。無事でいてくれるならそれで良かった。勝利も何も、まず彼らが居ないことには意味がない。共に喜ぶ仲間が居なければ、勝利の美酒などただ苦いだけだ。
あからさまに安著した様子の元親をしばし男は眺め、その傍らまで近づくと、顎を掴み自らの唇とを重ね合わせた。触れる柔らかな感触に一瞬思考が停止した元親だったが、次の瞬間には自分が何をされているか気付き、相手の身体を押し返して無理やり口付けを解く。

「てめえ、昨日から何がしてえんだ!」
「ただの口吸いだろ。アンタを見てたらしたくなった」
「意味が分からねえ」

男の言動に振り回されている自分を自覚して、元親は眉を寄せて唇を拭う。自分はからかわれているのか?横顔に注がれる視線は上機嫌で、眉間の間に更に皺が寄るのが自分でも分かった。
男は不意に笑い止むと、丁寧な動作で煙管を懐にしまい、おもむろに立ち上がった。

「―――そろそろ帰る。いい加減戻らねえと城のじじい共がうるせえんでな」
「おう。……って、城?てめえ城に住んでんのか?」

元親の問いには答えず、男が頭を一振りした。
髪が散る中で突如男の側頭部に角が生まれ、男を厳かに飾り立てる。その白樺にも似た角ほどこの男にふさわしい物は無いとばかりに、それは良く男に馴染んでいた。男のためにしつらえられた着物や煙管とは種類が違う、此れこそが生まれついて持った男の本性なのだと元親は知る。

「三つ又の角……」

男の持つ硬質な角は、先が小さく三つに割れ、朝日の輝きをいびつに灯していた。
一般的な竜が持つのは二又の角のはずだ。三つ又が生まれるのは滅多になく、もし生まれれば大切に育てられるのだと聞く。そう、確か昔耳にしたことがある、三つ又は生まれついての王族だと、それを持つ者には将来の栄華が約束されているのだと―――。

「……あんた、いったい何者だ?」

元親の問いかけに、男がすいと居住まいを正し、厳かに言い放った。

「お初にお目に掛かる。この度、当主の座に就いた政宗だ。元親殿、以後よろしく頼む」
「てめえが"政宗"か―――!」

諜報の口から新しい長の情報は聞き及んでいた。名は政宗、まだ歳若い青竜であり、世にも珍しい三つ又の角を持つ者であると。しかし、まさかこのような場所で会うことになろうとは予想だにしていなかったため、元親は相手に名を明かされるまで気付かなかったのだ。

(待てよ……。つうことはだな)

それでは、自分は敵方の、しかもその頭と一夜を共にしたことになるのか。
不意に頭痛に襲われた元親は、思わず頭を抱えた。鬼の頭領と竜の長が関係を持ったなどともし誰かに知られれば二つの種族の関係はどうなる。まさか、めでたしめでたし、これを期に和平を結ぼうなどという事にはなるまい。間違いなく戦は更に泥沼化し、余計一筋縄で行かなくなる事は目に見えていた。
唸り声を上げる元親の考えなど読んでいるだろうに、冗談とも本気ともつかないふざけた口ぶりで、男が―――政宗が言った。

「そう悩むなよ。昨日のアンタ、中々良かったぜ?」
「ッ!、……褒められても嬉しかねえ」

かっと染まった鬼の頬に再び男は口づけようとしたが、それも敢え無く避けられてしまう。

「何だよ、つれねえじゃねえか。昨日はもっと厭らしい事してんだ。今更照れる必要もねえだろ?」
「照れちゃいねえよ。ただあんたの口吸いを大人しく受ける必要がねえってだけだ」
「可愛いな、元親」
「何処をどうすりゃそうなんだよ」

自分よりも遥かに体格の良い相手を捕まえて、この男は何を言うのか。
これだから竜の考えは分からないと疲れた溜め息を吐く元親だったが、まだ肝心な事をこの男に訊いていなかったことを思い出す。
まだ就いたばかりだとはいえ、政宗が竜の長であることには変わりないのだ。この男ならばあの酒のことを知っているはずだった。

「おいてめえ、何処から神酒を得やがった。ありゃあ効能が違うとはいえ、間違いなく本物の神酒だったぜ」

まさか山伏たちが鬼を退治するために手を結んだとも思えない。
だが神酒の存在は鬼たちに取って正に死活問題だ。政宗が容易に話さないようならば、力ずくでその口を割らせるしかない。鬼の頭である元親には、その義務がある。
しかし、元親の予想に反して政宗はあっさりと口を開いた。

「偶然だ、偶然」
「ハァ?何だそりゃ」
「山伏の所に送り込んでた密偵が、神酒の材料の幾つかを盗み出して来た。試しにそれを適当に混ぜて作ってみりゃあ、あの酒が出来上がったって訳さ」
「効果は知ってたのか」
「知る訳がねえだろ。もし舐めてみて毒だったらどうすんだ」

政宗の言葉に元親は自分自身が情けなくなる。そんな物のために、自分はここまで苦労しなければならなかったのか。
肩を落とす元親に構うことなく、政宗は話を続けた。

「それでその酒なんだが、流石に効果も分かりゃしねえのに鬼相手に使う訳には行かねえってことで、城の蔵に仕舞っといたんだ、確か。たぶん城の奴ら、急に鬼が攻めて来たもんで慌ててその酒を使っちまったんだろうぜ。アンタも災難だったな」
「てめえにだけは言われたくねえぜ」
「だろうな。まあ俺はそのお陰で随分と良い思いさせて貰った訳だが」

後で城に帰ったら何かしてやるか、と呟きながら、昨晩のことを思い出しているらしい政宗は心此処に在らずといった風に頬を緩ませている。
この男に自分はいいようにされたのかと思えば、その頭をはたいてやりたくなる元親だったが、しかしその思いも次の政宗の一言で一変する。

「だが、アンタもあの酒を喰らったのは幸運だったぜ」
「……どういうことだ?」
「俺には当主が退屈な儀式に飽きて、突然月見に出かけようが動じない強い片腕が居るんでね。アンタが城にそのまま進攻し続けりゃ、間違いなく主が出払ってる時の有事に備えて城を警護してたそいつの部隊にきつい反撃を喰らってたぜ。
それに、城壁の付近には罠を作ったばかりだった。もしかすると、竜の長が代わる隙を付いて攻め入ろうとする、でかい獲物が捕らえられるかもしれねえからな」

間者を送り込まれてることぐらい計算に入れとくもんだ、と嗤う男の目は底が知れない。

(助かったのは俺の方ってか―――)

いつの間にか日が昇り、朝が来ていた。澄んだ空気が小屋の中に流れ込み、夜の匂いも闇も全てを拭い去っていく。
小屋の古びた敷居を跨ぎ、一歩外に踏み出した政宗がまだ室内に残る元親の方へと振り向いた。

「その痕が―――」
「ああ?」

男が指差す胸の辺りを見れば、鎖骨の下に赤い華が散っていた。昨夜の行為の最中で付けられたのだろうが、過剰に反応する身体について行くのに必死だった元親は、その時の記憶が無い。

「その痕が消えるまでに、もう一度アンタに会いに行く」
「―――本気で言ってんのか。俺は鬼、あんたは竜だぜ」
「長の俺が行くっつってんだ、誰にも文句は言わせねえ」

妙な自信を込めて言う男に、元親は思わず噴き出す。
出会いさえ酷かったとはいえ、どうやら初めてその姿を見た時の元親の勘は外れていなかったようだ。生まれたばかりの朝の大気に紛れて、新しい風が吹き込んで来たのを感じる。 吉と出るか、凶と出るか。この妙な関係のもたらす結果はまだ分からないが、元親は元来新しい物が好きなのだ。ならばここは素直に自分らしく新しい方に賭けるのも悪くないだろう。

「来れるもんなら来てみな、鬼のシマはおっかねえぜ?」
「アンタに会うためならそれぐらい何でもねえよ」
「はっは!言うじゃねえか。もし本当に俺の城まで辿り着けたんならその時は持て成してやるよ」
「身体でか?」
「調子に乗るんじゃねえ」

男は一つ笑い声を上げると、やがて朝の光の中に溶けて行った。その日の光を背負った背中を見つめながら元親は思う。

(やっぱりあいつにゃ夜の方が似合うな)

太陽よりも月が、昼の賑やかさよりも、夜の静寂が。夜空に駆け上る青竜の姿はきっと美しいのだろう。
もし今度本当に奴が来たなら、二人で月を眺めながら酒でも飲むか。
狭い窓枠から見上げた空には、置き去りにされた月が白く残っていた。



(08/0917)




お待たせしました。ようやく続きをアップできました。
ちなみに、文中の「神便鬼毒酒」の元ネタは酒呑童子の伝説です。