瞼の裏の赤い糸


アパートのドアを開けると、政宗が正座をして俺を待ち構えていた。
シャツの上に巻かれた赤いリボン。頭の天辺にちょこんと結われたリボンの端。

「Hello,my sweet」

機嫌良く片手を上げる政宗に、俺はにっこり笑い返してパタンとドアを閉めた。 俺は何も見てねえ…!今見た恐ろしい映像を打ち消したくて思わず走り出そうとすると、背後で安物のドアが盛大な音を立てて開く。

「Hey 元親、なに見なかった事にしようとしてんだよ!」
「ギャー!テメエその格好で出てくんな!誰かに見られたらどうすんだよ!!!」

頭にリボンを載せた政宗が抱きついてきた瞬間、俺の背筋にぞっと悪寒が走った。
だって政宗、頭のでかいリボンとお前の真剣な顔、そのギャップが怖すぎるぜ…!
止めろバカ宗!何とか腕の中から逃れようと身を振る俺に、政宗がニヤリと質の悪い笑みを浮かべた。
ぎくりと強張る俺の正直な身体。どうやら政宗を煽ってしまったらしい。 人類が進化するにつれて失ったはずの野性の本能が、未だ政宗の中には残っていることを俺は身をもってよく知っていた。
政宗の前で背中を見せちゃいけない。政宗が居る所で泣いちゃいけない。
なぜならその瞬間を狙って奴は容赦なく襲い掛ってくるからだ!

「Ah〜、んな抵抗すんなよdarling.このまま襲っちまいたくなんだろ?」
「お前はどうしていつもそうなんだよ!うわっ馬鹿、盛ってんじゃねえ!」

俺の手首を掴んで壁際に押し付ける政宗が、遠慮なくシャツの下から腕を突っ込んでくる。忍び込んだ指先が胸の先端を軽く引っ掻いた。

「うあっ」

思わず口から漏れた声に、政宗が満足そうな息を吐く。

「相変わらずいい反応するじゃねえか…」

ちろりと舌を出して唇を舐め上げる赤い舌と、赤いリボンを頭に載せる男に俺の頭の中も真っ赤に染まった。こいつ、人が大人しくしてりゃ調子に乗りやがって…!
恥ずかしさと怒りで身体を震わす俺に、政宗が何を勘違いしたのか嬉しそうに俺のシャツのボタンを外そうとする。それに完全に頭に来た俺は、反射的に政宗の腕を振り払いその憎らしい真っ赤なリボンめがけて勢いよく拳を振り上げた。

「止めろっつってんだろうが!」

腕に走る鈍い衝撃。政宗がずるりと体勢を崩して俺の足元にうずくまる。 痛えぜチカ…!、と目にうっすらと涙を浮かべて頭を抱える政宗を普段なら可哀想に思いもしただろうが、生憎今の俺はそんなに優しくない。
問答無用で政宗の身体に巻きついたリボンを掴むと、半開きの扉の中へと引きずり込んだ。 政宗の非難の声を耳にしながら、俺はこの後のご近所への言い訳を思って重い溜め息をついた。



「時々チカの愛は痛すぎるぜ……」
「俺は時々お前の愛情表現が怖えよ」

すっかり立ち直った政宗が、ソファに腰掛けて優雅に足を組む。
いくらその格好が様になっていようと、未だ身体と頭にはリボンが巻かれたままだった。白いシャツの上を縦横に走る赤が目に痛い。
俺はそれに軽い眩暈を覚えながら、堂々とふんぞり返る政宗に再び溜め息をこぼした。 もう今日だけで一年分の溜め息をついた気がする。

「それで、結局何がしたかったんだよ」

さすがに意味もなく頭にリボンを巻くような男だとは俺も思いたくない。 俺の問いに政宗はやけに偉そうに腕を組むと、革張りのソファへと背を寄りかけた。

「元親、今日が何の日か覚えてねえのか?」

急に真顔になった政宗に、俺も思わず真剣な顔になる。今日が何の日か?政宗の誕生日はまだのはずだし、俺の誕生日だってまだまだ先だ。頭の中のカレンダーをめくるが、何の回答も浮かんで来ない。
あー、と唸り声を上げて気まずそうに頭を掻く俺に、政宗が少し寂しそうな顔をした。 その瞬間閃いた答えに、俺は急に申し訳なくなって情けなく眉尻を下げた。

「悪い、今日俺たちが付き合い始めてから三年目の記念日なんだな…」
「やっと思い出しやがったか、この馬鹿」

苦笑する政宗に、俺の眉はますます下がる一方だ。
一緒にいることがいつの間にか当たり前になって、記念日の事なんてすっかり忘れていた。昔はひと月ごとに祝い合っていものだけれど、ここ最近はそんなことも全くしなくなっていた。自分の誕生日さえ余り感心を払わない政宗が、俺たちの大切な日をちゃんと覚えていてくれたのだ。
俺は何も覚えていなかった自分自身が恥ずかしくて、顔を伏せたまま政宗の足元にしゃがみこんだ。

「ほんとごめんな…。なんか俺、お前と一緒にいるのがいつの間にか当たり前になってて、今日が記念日だなんてすっかり忘れてた…」

政宗と顔を合わせることができなくて俯き続ける俺の頭を、政宗が優しく撫でる。

「ちゃんと思い出したんだからそれでいいだろ?ほら、顔上げろよ」

恐る恐る顔を上げる俺に、政宗は小さく笑うと俺の胸元のシャツを引き寄せてキスをした。するりと口内に滑り込んで来る舌に俺も自分のものを絡めて夢中で応える。ごめんなのキスと、これからもよろしくのキス。
唇が離れて、閉じていた瞼をそっと開くと薄く微笑んだ政宗の顔が目に映った。もちろんその頭にはまだリボンが結ばれたままだ。 鋭い顔つきの政宗と、可愛らしい赤いリボンの取り合わせは何度見てもやっぱり似合っていなくて、つい笑ってしまう。

「んだよ、急に笑い出しやがって」
「ハハッだってよう、頭のそれ政宗に全然似合ってねえよ」
「うるせえな、人がせっかく心を込めて準備したプレゼント笑ってんじゃねえぞ」
「プレゼント?」

政宗はずいと俺の方に身体を寄せると、恥ずかしげもなく堂々と言い放った。

「俺がアンタへのプレゼントだ。大切にしろよ」

偉そうに腕を組む姿はどう見たって簡単に貰われてやる気なんてなさそうで、俺は今度こそ本気で笑い出した。

「ほ、本気かよ…!だから頭にリボン巻いて俺の帰り待ってたのか!」
「驚かそうと思ってよ。それに俺は別にふざけてるわけじゃねえぜ?俺はいつだってアンタのことに関しちゃ手を抜いたことはねえ」
「ああ、知ってるけどよ…。でもよ、ハハッ、悪ィ止まんねえ…」

肩を震わせ続ける俺に気分を害するでもなく、政宗は静かな笑み浮かべて頭のリボンを解いた。するりと解けて政宗の肩に落ちる。

「笑っても構わねえから、大人しく貰っとけよ。こんないい男が手に入るチャンスなんて滅多にねえぜ?まず、チカが見惚れちまうくらいの男前だろ。料理だって得意だしよ、夜の方なんかそれ以上に得意だぜ?」
「…最後のは余計だな」
「本当の事だろ?それに、ここからが一番肝心だぜ」
「…何だよ」
「俺は世界中の誰よりもアンタのことを一番に考えてて、アンタに心底惚れ抜いてる男だってことさ」
「………」

頬が熱いのは気のせいだと思いたかった。自信満々に胸を張り、事も無げに甘い言葉を言ってのける政宗を少し羨ましいと思う。俺だってこの胸に満ちた気持ちを政宗に伝えてやりたかったけれど、言葉にすればすぐに溶けてしまいそうなのが怖くて口にすることが出来なかった。だから言葉の代わりにそっと顔を寄せて、その唇へと口付ける。

「…仕方ねえから貰ってやるよ」

何とか呟いた俺の言葉の本当の意味も、政宗は全て分かってるとでも言うように微笑んだ。政宗の肩に掛かったリボンが鮮やかに輝いて、瞼を閉じてもずっと目の奥で綺麗に光っていた。




(08/0528)


頭にリボン巻いたダテムネって可愛いんじゃない?と思ったんだ…